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『博士の愛した数式』;小川 洋子  ★★★☆☆ | 映画・小説レビューとか

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   1990年の芥川賞受賞以来、1作ごとに確実に、その独自の世界観を築き上げてきた小川洋子。事故で記憶力を失った老数学者と、彼の世話をすることとなった母子とのふれあいを描いた本書は、そのひとつの到達点ともいえる作品である。現実との接点があいまいで、幻想的な登場人物を配す作風はそのままであるが、これまで著者の作品に潜んでいた漠然とした恐怖や不安の影は、本書には、いっさい見当たらない。あるのは、ただまっすぐなまでの、人生に対する悦びである。

   家政婦として働く「私」は、ある春の日、年老いた元大学教師の家に派遣される。彼は優秀な数学者であったが、17年前に交通事故に遭い、それ以来、80分しか記憶を維持することができなくなったという。数字にしか興味を示さない彼とのコミュニケーションは、困難をきわめるものだった。しかし「私」の10歳になる息子との出会いをきっかけに、そのぎこちない関係に変化が訪れる。彼は、息子を笑顔で抱きしめると「ルート」と名づけ、「私」たちもいつしか彼を「博士」と呼ぶようになる。

 

   80分間に限定された記憶、ページのあちこちに織りこまれた数式、そして江夏豊と野球カード。物語を構成するのは、ともすれば、その奇抜さばかりに目を奪われがちな要素が多い。しかし、著者の巧みな筆力は、そこから、他者へのいたわりや愛情の尊さ、すばらしさを見事に歌いあげる。博士とルートが抱き合うラストシーンにあふれるのは、人間の存在そのものにそそがれる、まばゆいばかりの祝福の光だ。3人のかけがえのない交わりは、一方で、あまりにもはかない。それだけに、博士の胸で揺れる野球カードのきらめきが、いつまでも、いつまでも心をとらえて離さない。(中島正敏)

 

出版社/著者からの内容紹介

記憶が80分しか持続しない天才数学者は、通いの家政婦の「私」と阪神タイガースファンの10歳の息子に、世界が驚きと喜びに満ちていることをたった1つの数式で示した…。頻出する高度な数学的事実の引用が、情緒あふれる物語のトーンを静かに引き締め整える。著者最高傑作の呼び声高い1


久しぶりにPCをつけたので書いてみます(数ヶ月ぶりですが。。)。

なかなか面白かったですね。

『数』や『数学的なもの』の美しさや記憶を失いつづける『博士』の純粋さと儚さなどもさることながら、この作家さん、大変美しい文章を書きますね。ほんの些細なことについての細部にわたる描写がこの小説の世界に透明感のある着色を施している感。
美しい文章というバックグラウンドがあるからこそ『数』や『数学的なもの』の美しさが引き立て居る感じがあります。

はまったって感じ。

あんまりよんだことがない作家さんなのでもう2、3冊読んででみようと思います。

(密やかな結晶、を読んでみたけどもうひとつってかんじだったな。。。
次は、芥川賞をとった、妊娠カレンダー、でもよんでみようかな。。)

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【2007/05/08 23:44】   トラックバック(0) | コメント(2) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






サリンジャーのテディとか、あと少しだけホロフォニクスとか | 映画・小説レビューとか

サリンジャー;『ナインストーリーズ~テディ~』

目から鱗、というわけではないが少々覚書を。

とりあえず机の引き出しにしまっておきます、、だからといてあとから引っ張り出すかはわからないけどね。

あくまでも覚書ですから脈絡はないです。。。

 

「誰かがごみバケツにいっぱいになったオレンジの皮を船窓から(注;海に)捨てたんだ。・・・・もしも僕があれ(注;海に捨てられたみかんの皮)を見なかったら、僕はあれがあそこにあることを知らないわけだ。そしてもしもあれがあそこにあることを知らなければ、そもそもオレンジの皮ってものが存在するということさえ言えなくなるはずだ。こいつは絶好の、完璧な例だな。物の存在をー。・・・・・もう沈みだした皮もあるぞ。あと、3,4分もしたら、皮が浮いているのは僕の頭の中だけになる。こいつは面白い。だって、ある見方からすれば、そもそもオレンジの皮が浮かぶというのは僕の頭の中から始まったことだからだ。もしも僕が最初からここに立っていなかったらば、あるいは僕が立っているとこへ誰かが来て、僕の頭をちょん切るようなことをやったとすればー。」・・・テディは戸口のところでしばらく立ち止まっていた。何かを考えるふうで、ドアの把手をゆっくりと右や左に回して試している。「(注;僕が)このドアから出てしまうと、後はもう僕は僕を知っている人たちの頭の中にしか存在しなくなるかもしれない。・・・つまりオレンジの皮と同じことかもしれない。」

 

それから、サリンジャーは日本の文化にもある程度の薀蓄があるようですね。この短編の中には日本の詩(俳句)なんかも出てきてその特徴をさらっと述べています。つまり;

「〈やがて死ぬ景色は見えずせみの声〉〈この道や行く人なしに秋の暮れ〉・・・・2つとも日本の詩。感情的な要素がたっぷりという材料はほとんど使ってないでしょう。」、と。

 

あとこんなのもあったな;

「彼ら(注;テディの両親)は、・・・あるがままの僕たちを愛することができないんだ

。僕たちをちょっとばかし変えないことには愛せないらしい。彼らは僕たちを愛すると同時に僕たちを愛している理由を愛しているんだ。いや、理由を愛しているときが大部分だな。」

 

他にも面白そうな部分はあるのだけど、これ以上書いてもあまり意味がないかもしれないので今日はここまで。。(しかし、上に書いたことだけでは何のことかわからないよね、、笑)

 

 

+α;おまけのホロフォニクス;

ホロフォニクスとは、20年前位に話題になった三次元立体音響システムのこと。まあ、とりあえず下の音どぞー。ヘッドフォンをパソコンにつなげて聞いてみるとその凄さがわかりますよ。まるで自分の後ろに人が居るみたい。夜中に独りで聞くとちょっとコワー。

 

【マッチをする音】

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【2006/09/07 01:11】   トラックバック(0) | コメント(4) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






四国はどこまで入れ換え可能か』佐藤 雅彦  ★★☆☆☆ | 映画・小説レビューとか
『内容(「BOOK」データベースより)
「四国を入れ換える」とは、いったいどういうことなのか??Let’s錯覚!とは?田中一郎って??―意表を衝く発想を独特のタッチで長閑に描く、マンガの枠に載せた新しい笑いの実験本。「ミニ象」や「忍者ちび丸」でほのぼのさせたかと思いきや、錯視図形・電気回路で急転ハッとさせる、破天荒かつインタレストな、油断のならないショート・コミック集。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐藤 雅彦
1954(昭和29)年静岡県生れ。東京大学教育学部卒。電通クリエイティブ局などを経て、’94(平成6)年企画事務所TOPICS設立。’99年より慶應義塾大学教授。CMプランナーとして、数々のヒットCMを制作。慶應義塾大学佐藤雅彦研究室の活動として、NHK教育番組『ピタゴラスイッチ』や『日本のスイッチ』(毎日新聞社)の企画・制作(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 』


■おもなCM作品
ドンタコス、スコーン、ポリンキー(湖池屋)
バザールでござーる(NEC)
カローラII(トヨタ)
モルツ、ピコー(サントリー)
くまのバンクー(三井住友銀行)
■おもな書籍
佐藤雅彦全仕事(ISBN:4944079079)1996年
クリック(ISBN:4062089062)1998年
プチ哲学(ISBN:483871226X)2000年
経済ってそういうことだったのか会議(竹中平蔵との共著:ISBN:ISBN:4532148243、文庫版ISBN:4532191424)2000年
動け演算?16 flipbooks(ISBN:4924956775)2000年
ねっとのおやつ(ISBN:4838713509、CD-ROM版ASIN:4838713517)2002年
任意の点P(ISBN:456850256X)2003年
毎月新聞(ISBN:4620316180)2003年
日本のスイッチ(慶應義塾大学佐藤雅彦研究室・著:ISBN:4620316768)
■そのほか
I.Q.(ゲーム、ASIN:B00005OV6H※←I.Q.FINAL)
Kino(映画、ASIN:B00005G6C6)
だんご3兄弟(ASIN:B00000JD0Z)
だんご3兄弟あっという間劇場(DVD:ASIN:B00008BDJ3)
日本のスイッチ(iモード/毎日新聞)
うごく-ID(iモード)
テトペッテンソン(みんなのうた、ASIN:B00009NK5X)

honn


◆以前、so-netにてショートアニメとしてねっと配信されていた「ねっとのおやつ」が書籍・CD ROM等で販売になり、さらに改題されて、再出版されたもの。
◆4コマ漫画ならぬ数コマ漫画。
「ゆるくてかわいいもの」を集めた漫画だと解釈されがちですが、ほんの少しだけ他とは違うセンスの香りがします。
なんとなく買ってしまい、5分で読み終わる。でもまあ、そんなに悪い気分にならなかった。
例えば、こんな感じのヤツがのってます↓(ミニ像)


※まあ1コマぐらいのせてもカマ湾だろう・・・









zou

【2006/02/22 22:23】   トラックバック(0) | コメント(0) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






結局買っちゃった、とか | 映画・小説レビューとか
ウェイキングライフのDVDを、、、渋ツタで。
以前から探してたんだがなかなか見つからなかったので、めんどくさいけど渋々渋谷まで行ってご購入。

久しぶりに見たけどやっぱり面白かった、、、マニアックなとこが。
『ビフォア・サンライズ』&『ビフォア・サンセット』の監督の作品。
【ウェイキングライフ】は、ビフォア・・・を見る前に映画館で見たんですが、実は【ウェイキングライフ】にはビフォア・・・後のデルピー&イーサンを思わせる設定のシーンがある(fig参照)。
 で、ビフォア・・・もついこの間みたあとに、【ウェイキングライフ】をもう一度見てみると感慨もひとしお。

 っことで割りとおすすめです、、、あくまでも割りと・・・

i-sann


◆ウェイキングライフについての過去のエントリのリンク→【①】【②】
◆『ビフォア・サンライズ』&『ビフォア・サンセット』のエントリのリンク→【③】

【2006/02/01 21:55】   トラックバック(0) | コメント(0) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






『ビフォア・サンライズ』&『ビフォア・サンセット』;リチャード・リンクレイター  ★★★☆☆ | 映画・小説レビューとか
【ビフォア・サンライズ】(邦題;恋人までの距離〈ディスタンス〉)
『ジュリー・デルピー、イーサン・ホーク共演によるラブ・ロマンス。列車の中で偶然出会った一組の男女。二人は意気投合して列車を途中下車し、ウィーンの街をあてどもなく歩く。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがてお互いの生活に帰る朝がやってくる……。』(Yahooムービーレビュー参照)

rise


【ビフォア・サンセット】
『リチャード・リンクレイター監督の『恋人までの距離(ディスタンス)』の続編。前作に引き続き、イーサン・ホークとジュリー・デルピーが登場。お互いの気持ちを確かめるための時間がほんの数時間しかない中で、どうやって思いを伝えるのか、ドキドキしながら最後まで楽しめる。
9年前、2人の男女が偶然出会った。ジェシー(イーサン・ホーク)とセリーヌ(ジュリー・デルピー)はウィーンでひと晩ともに過ごし、夜明け前に別れた。そして運命の再会をはたした2人は……。』
(Yahooムービーレビュー参照)

set


◇続編には駄作が多いといわれる。一方、サンライズの方は名作との評が優勢のようだ。
ということで、へそ曲がりの僕は続編で幻滅することを避けて、‘あえて’続編のサンセットの方からみて、間髪いれずにサンライズを見ることに。
で、これが大正解。現在の洗練の途上にある2人から、9年前のまだ荒削りで多少とげとげしさもある2人に遡ることで、‘ラブロマンス’に‘青春映画’の要素を導入することができました。
現在の洗練の途上にある2人の根っこには何があり、また、どのようにその根っこは生まれたのか?など、ジグソーパズルのピースをはめ込むようなおもしろさも。。。
結果的にはどちらもおなかいっぱい満足できました。

◇サンライズはウィーン、サンセットはパリが舞台。
それぞれ美しい町並みに2人が溶け込む(旅行に行きたくなる、、、ウズウズ)。
サンライズでは終わりに、サンセットでは始めに、2人が歩く街角の映像が2人がいない状態で映される。どこにでもいる2人の、どこにでもある街角での、どこにでもある物語りである、というように。

◇映画の中で経た年月と実際の世界の年月が同じであることから設定にもリアリティがある。
2人の会話のネタもサンライズ、サンセットに共通しているものがいくつかある。
現在と昔とでは違った解釈をしているネタもあり、このズレが、言い換えれば‘2人の会話’が2人を隔てていた9年という時間を物語る。
なんでもない会話の羅列が、なんだか胸に切ないものを刻んだりもする。

◇この2つの映画、イーサン・ホークもしくはジュリー・デルピーが好きだから見てみた、という方が結構多いようだが、僕は出演者に魅かれたというよりは、お気に入りの映画【ウェイキング・ライフ】(あとデモとか→)の監督の作品だったからみてみました(他にも『テープ』とか)。ウェイキング・ライフもそうだったが、この監督の映画、とにかく‘会話’に尽きる(ウェイキング・ライフ、テープでは、‘会話’を別の角度から描いている。)。
でそんな監督の嗜好をニオワセル台詞がサンライズでのイーサン・ホークとジュリー・デルピーとの会話にありました。それはだいたいこんなかんじ(ウロ覚えですが、、、あと脚色も少しあり。);

デルちゃん&イーさん;「・・・・・・・・(見つめ合う2人)。」
デルちゃん;「・・・もし神が居るとしたら人の心の中にではない。(筆者注;今ここで会話をしている)ヒトとヒトの間の‘この’わずかな空間に存在するのよ、・・・(kime顔)。」
イーさん;「・・・・・・・(しばしウト~リ)。」

これって実は結構、東洋的な発想にも思える。
例によって囲碁で例えると;
1つの碁石(=会話)自体にはなんの意味もないが、碁盤の上に布石され、別の碁石(=会話)と関係を持つことで意味が生まれてくる。そして、1つでは何の意味もない碁石(=会話)がいくつか組み合わさることで空間(=恋人たちのアマ~い時間、あるいはデルちゃんのいう神の居場所)を囲み取る。(ちょっと強引か。。。)

◇終わった後にはどんな会話があったかなんてほとんど頭の中には残っていない。
ただ、胸の中に‘切ない記憶’だけがじんわりと残る。
そんなオサレな映画だと思います。
【2005/11/10 00:57】   トラックバック(3) | コメント(1) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






『テープ』;リチャード・リンクレイター  ★★☆☆☆ | 映画・小説レビューとか
『ミシガン州ランシングに建つモーテルの一室。オークランドで消防士をするかたわらドラッグを売り捌くヴィンセントは久々に帰郷すると、高校時代の友人ジョン・ソルターをここに呼び出した。映画監督のジョンは明日行われる映画祭に新作を出品するため十数年ぶりに故郷の地を訪れていた。ジョンと再会を果たしたヴィンセントは、やがて“あの日”の出来事についてジョンを問い詰め始める。それは、ヴィンセントのかつての恋人エイミーに関わること。ヴィンセントは、今では地方検事補となっているもう一人の当事者エイミーもここに呼び寄せていた…。』(Yahooムービーレビュー参照)

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出演はイーサン・ホーク 、ロバート・ショーン・レナード 、ユマ・サーマンの3人のみ。舞台はこれまたモーテルの一室のみ。密室の中で“あの日”の出来事を廻って繰り広げられる3人の会話、心理戦。もともとは、舞台だったらしいが、映画の方がリアリティがあるのではないか。目から鱗の映画、とは言いがたいが、こじんまりとした良い映画ではある。
出演者に魅かれたというよりは、お気に入りの映画【ウェイキング・ライフ】(あとデモとか→)の監督の作品だったから気になっていた映画。ウェイキング・ライフもそうだったが、この監督の映画、とにかく‘会話’に尽きる。丁寧につむがれる‘会話’から人間の普遍的な部分の一端を描こうとするところには好感が持てる。他に「がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン(2005) 」、「 ビフォア・サンセット(2004)」、「スクール・オブ・ロック(2003)」、「ニュートン・ボーイズ(1998) 」、「恋人までの距離(ディスタンス)(1995)」など。

今度は、「恋人までの距離(ディスタンス)(1995)」でも見てみようか。


※一緒に「アニマトリックス」も借りたが、、、借りてしまった自分に失望。その薄っぺらさに辟易、‘器用貧乏’ですらない。実は実写のほうは見てないのですが、これからもみることはない。
【2005/10/28 00:14】   トラックバック(1) | コメント(1) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






『三国志 (5~7の巻)』;北方謙三  ★★★☆☆ | 映画・小説レビューとか
『解き放たれた“臥竜”は、その姿を乱世に現した。劉備軍の軍師として揚州との同盟を図る諸葛亮は、孫権との謁見に向かった。孫権に対し、曹操と劉備軍の交戦を告げる諸葛亮。その言動に揚州は揺れ動く。一方、孫堅、孫策に仕え、覇道のみを見つめてきた周瑜は、ついに孫権の心を動かし、開戦を宣言させる。巨大なる曹操軍三十万に対して、勝機は見出せるのか。周瑜、諸葛亮、希代の智将が、誇りをかけて挑む『赤壁の戦い』を描く、他。北方三国志。』(Amazon.co.jpレビュー参照)



■北方三国志;全13巻のうち5~7の巻;中盤の前半まで読み終えたので中間報告;
(1~4の巻はコチラ→【『三国志 (1~4の巻)』;北方謙三】
sangokus07

◇三国志中盤の前半の見所は、いわずもがなの‘孔明’の登場と‘赤壁の戦い’。
だが、北方三国志での盛り上がりは、‘赤壁の戦い’への前振り(?)としての‘長坂橋の戦い’の戦いでしょう。
張飛や趙雲の活躍、張飛の従者・王安の散り際などはなかなかのものです。


◇ここまで読み進めてくると、著者;北方謙三の好みが如実に現れる。
 やはりハードボイルドの似合う男くさいヤツに肩入れしているようだ;

◆呂布(1~4巻に登場)・・・自分の運命と対峙し、また、運命をまっとうしていく。
◆張飛・・・漫画とかでは単なる荒くれモノに描かれがちですが、北方三国志ではクレーバー&鋭い、さらにその鋭さを隠す鋭さまで持ち合わせている。キレやすい劉備に代わってあえて傍若無人に振舞う。
◆馬超・・・悲運の将、どこかクールで物憂げな印象。食事場面の描写でお上品ップリをさりげなくアピール。

などなど。


【2005/10/22 20:10】   トラックバック(1) | コメント(1) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






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