サリンジャー;『ナインストーリーズ〜テディ〜』 目から鱗、というわけではないが少々覚書を。 とりあえず机の引き出しにしまっておきます、、だからといてあとから引っ張り出すかはわからないけどね。 あくまでも覚書ですから脈絡はないです。。。 「誰かがごみバケツにいっぱいになったオレンジの皮を船窓から(注;海に)捨てたんだ。・・・・もしも僕があれ(注;海に捨てられたみかんの皮)を見なかったら、僕はあれがあそこにあることを知らないわけだ。そしてもしもあれがあそこにあることを知らなければ、そもそもオレンジの皮ってものが存在するということさえ言えなくなるはずだ。こいつは絶好の、完璧な例だな。物の存在をー。・・・・・もう沈みだした皮もあるぞ。あと、3,4分もしたら、皮が浮いているのは僕の頭の中だけになる。こいつは面白い。だって、ある見方からすれば、そもそもオレンジの皮が浮かぶというのは僕の頭の中から始まったことだからだ。もしも僕が最初からここに立っていなかったらば、あるいは僕が立っているとこへ誰かが来て、僕の頭をちょん切るようなことをやったとすればー。」・・・テディは戸口のところでしばらく立ち止まっていた。何かを考えるふうで、ドアの把手をゆっくりと右や左に回して試している。「(注;僕が)このドアから出てしまうと、後はもう僕は僕を知っている人たちの頭の中にしか存在しなくなるかもしれない。・・・つまりオレンジの皮と同じことかもしれない。」 それから、サリンジャーは日本の文化にもある程度の薀蓄があるようですね。この短編の中には日本の詩(俳句)なんかも出てきてその特徴をさらっと述べています。つまり; 「〈やがて死ぬ景色は見えずせみの声〉〈この道や行く人なしに秋の暮れ〉・・・・2つとも日本の詩。感情的な要素がたっぷりという材料はほとんど使ってないでしょう。」、と。 あとこんなのもあったな; 「彼ら(注;テディの両親)は、・・・あるがままの僕たちを愛することができないんだ 。僕たちをちょっとばかし変えないことには愛せないらしい。彼らは僕たちを愛すると同時に僕たちを愛している理由を愛しているんだ。いや、理由を愛しているときが大部分だな。」 他にも面白そうな部分はあるのだけど、これ以上書いてもあまり意味がないかもしれないので今日はここまで。。(しかし、上に書いたことだけでは何のことかわからないよね、、笑) +α;おまけのホロフォニクス; ホロフォニクスとは、20年前位に話題になった三次元立体音響システムのこと。まあ、とりあえず下の音どぞー。ヘッドフォンをパソコンにつなげて聞いてみるとその凄さがわかりますよ。まるで自分の後ろに人が居るみたい。夜中に独りで聞くとちょっとコワー。
generated by feedpath
|
|
| Top |
|

nmat(11/23
camado(10/29
たーふる(10/28
たーふる(10/27
フルタ(06/26
nmat(06/21
ポロッポー(09/16
機械(05/10
まめ(05/10
愛季(01/31
(01/24
まめ(01/23
愛季(01/23
NabeSan(11/16
まめ(11/09